詳説 世界史研究 第2章 南北アメリカ文明

アメリカ先住民』

アメリカ大陸原産の栽培植物は世界の栽培種の6割を占め、私たちの暮しと深くかかわっている。先住民はトウモロコシ・ジャガイモ・サツマイモ・トマト・カボチャ・トウガラシなど、100種類以上の植物を前8000年頃から栽培した。(p.100)

 

メソアメリカ文明

メソアメリカは、メキシコ北部から中央アメリカ北部(グアテマラベリーズエルサルバドルの西半分、ホンジュラスの西半分)にかけての熱帯・亜熱帯地域である。(p.100)

 

メソアメリカ文明はトウモロコシ農耕を生業の基盤としたが、鉄器、人や重いものを運ぶ大型の家畜を結果的に必要としなかった。金や銅製品など大部分の金属製品は装飾品や儀式器であり、アンデス文明と同様に、鉄はいっさい使用されなかった。(p.100)

 

メキシコ湾岸低地南部の熱帯雨林では、オルメカ文明(前1400〜前400)が栄えた。オルメカ文明では文字はあまり発達しなかったが、支配者の顔を刻んだ巨石人頭像などの洗練された石彫や土製の神殿ピラミッドなどの土木工事で名高い。ユカタン半島を中心としたマヤ低地とマヤ高地では、マヤ文明(前1000頃〜16世紀)が繁栄した。(p.101)

 

メキシコ中央高原では、大都市テオティワカンを中心にテオティワカン文明(前100〜後600)が栄華を誇った。最盛期の4〜5世紀には、碁盤目状の計画都市に約10万の大人口が集住した。(p.101ー

 

メシーカ(アステカ)人は、14世紀前半に都テノチティトラン(現メキシコ市)をし周辺都市との同盟を基盤としてアステカ王国(1428〜1521)を興した。アステカ王国は、メキシコ湾岸から太平洋岸までの広大な地域を征服し、征服地に貢納を義務づけた。(p.101)

 

アンデス文明

15世紀になると南高地のクスコ地方のインカが台頭し、領土を拡張した。インカは中央アンデスだけでなくコロンビア南部からチリ中部まで南北約4000kmに達する大帝国となった。ここでは太陽が崇拝され、王は太陽の子とみなされた。マチュ=ピチュは主都クスコの北西にあり、インカ9代目王の離宮であった。インカは石造建築の技術に優れ、各地に道路や宿駅を建設し、飛脚制度による情報網が発達した。しかし文字はなく、縄の結び目の位置や色で数量を伝えるキープ(結縄)によって、人口・兵力・作物・家畜などの数を十進法で記録した。(p.102)