東大に落ちた話、など

思いがけないコロナ禍の中、受験のスタートを切った。

 

 

高2で受けた模試がどれもA判定だったので慢心していた私は休校期間中、ろくに勉強していなかった。多い日でも1日3時間くらいだっただろうか。

 

 

相対的な学力は下がり続けた。それは夏の東大模試で顕著に現れ、2つ受験したがいずれもB判定だった。

 

 

事態を重く受け止めた私は秋模試での挽回を決意し、9〜11月の間は死に物狂いで勉強していた。起きている時間の7割は勉強に費やしていたと思う。勉強していると脳汁が出るようになるほどに。

 

 

秋の東大模試の過去問をかき集め徹底的に分析し、学習範囲を絞った。それは功を奏し、2つ受験したが共に試験後にはかなり手応えがあった。このままいけば余裕を持って合格できるだろうと確信していたが、ここからが悪夢の始まり。

 

 

3ヶ月もの間自分の限界を超えた学習を継続してきたためか燃え尽きてしまい、秋の東大模試後から共通テストまでの間、勉強量が大幅に減少した。多くても1日2時間ほど。その上12月中頃に秋模試の結果が返却され、手応え通り余裕を持ってのA判だったのであろうことかまたもや慢心してしまい、「どうせ入試で高得点だったところで(首席でもない限り)入ってしまえば同じなんだから、入試本番までこの勉強量でも合格最低点くらいなら取れるだろう」という今思えば危険すぎる考えに至ってしまった。現役生の伸びというものも知らずに。"コスパの良い受験"とでも言うべきだろうか。

 

 

そのまままともな対策もせずに共通テストに突っ込んでしまい、国語と地理と理科基礎(ほぼノー勉)で爆死。目標としていた800点には及ばなかった。地理に関してはセンター過去問で9割を切ることはほとんど無かったのに。異常なまでに問題との相性が悪かったのだろう。

 

 

これは流石にまずいと焦り始め勉強量も増やさざるを得なくなったが、この時期受験勉強どころではなかった(これについては長くなりそうなのでまた別の機会に書こうと思う)ので、なかなか思うように勉強できなかった。参考までに2次試験前2週間のスクリーンタイムを貼っておく。f:id:seablueee:20210502071129j:image
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そんなわけで共通テスト後の最後の追い込みもままならないまま本番を迎える羽目に。

 

 

ここからは2次試験の話。簡潔にまとめるとただただ色々とやらかした。

 

 

2月24日、2次試験前日の移動日。消化しきれずに残っていた国語と地理の過去問数年分を終わらせるために前日の夜は完徹していた。眠気に耐えきれず移動中の新幹線や前泊先のホテルで合わせて6時間ほど仮眠をとってしまったせいで、試験前の緊張との相乗効果で夜に眠れなくなってしまう。睡眠不足は数学の敵(経験則)である。結局眠りについたのは午前5時頃で、2時間弱しか眠れなかった。

 

 

1日目

朝目が覚めると熱っぽいので体温を測ってみると36.8℃(平熱が35℃前後)。コンディションが悪すぎる。追試験を申請する、という選択肢もあったが受験勉強があと1ヶ月も続くのには耐えられないので受験することにした。(あと1年続く羽目になるのだけれども)

 

 

国語ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ 第2問⇨第3問⇨第1問⇨第4問の順で解いた。古文は主体の判定には苦労したもののなんとか耐えたが、漢文は注釈が少なすぎていまいち文意が掴めなかった。現代文は評論、随筆共に文章自体は読みやすかった印象。試験後の体感では24/16/12/10Σ62くらいだろうか。大きくコケる事はなかったので安堵していた。

 

 

数学  ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ   第1問⇨第3問⇨第4問⇨第2問の順で解いた。

第1問。単位円と3次関数が6つの共有点を持つ条件を問う問題。3次式の方からyを消去して円の式に代入して出てきた6次式を3次式に帰着し、正の解を3つ持つ条件を考えるだけの平易な問題だった。12分ほどで解き終わった。

第2問は取っ掛かりにくそうだったのでスキップして第3問へ。2文字絡みの放物線の通過領域が問われた。初歩的な解の配置問題の(1)はさっさと片付けて(2)に取り掛かろうとしたところで手が止まった。順像法でもab平面での共有点条件でもどちらでも解ける問題だが、緊張からか試験中に後者の発想が思いつかなかったので慣れない順像法で解く羽目に。入試本番だったこともあり1点でも多く部分点を取る事だけを考えていたので、解答用紙には途中の計算跡なども含め全て殴り書きしたので非常にまとまりのない答案になってしまった。それでも何とか解き切れたので安堵した。ここまでで40分。

第4問。二項係数絡みの整数問題。(1)は4の剰余ですぐに片付いたが、(2)、(3)でまたしても手が止まった。自分の読解力が足りないだけなのかもしれないがまず題意を理解するのにかなり時間を要した。そして色々と実験してみるも方針が立たないので一旦飛ばして(4)へ。(3)の結果を使えばいいことにすぐに気付いた。ここまでで60分。

第2問。ぱっと見た感じ2020年度の第2問に近いものを感じたので難問と判断。そしてここにきて今年のセットが2020年度のものに酷似していることに気がついたが、最後の最後で盛大にやらかしてしまう。まず(1)だが、地道に数え上げるだけでも解けそうな問題なのにもかかわらず試験中に何を血迷ったのか早とちりして1,3,5....2n−1の1通りしかないと思い込んでしまう。もう頭が回っていない。間違えに気づかないまま(2)に進んだがここでもまた一つやらかしてしまう。題意を誤認し、わざわざ丁寧に説明されていたのにも関わらず、たとえば連続するk個の整数からなら集合{1,2,3...k}の中に含まれる{1,2}や{7,8,9}といった連続するl個の整数からなる集合(l<k)を別個のものとしてカウントしなかった。それに気づかず本問を解いていたので、かなりの不毛な時間を費やしていたことになる。この誤認の下で一応完答はしたが、当然0点である。残り10分。

再び第4問に戻り、(2)、(3)で最後の悪足掻きを試みるも、コンビネーションの式を展開しただけで敢えなく試験終了。

試験後の体感では3完半。相当やらかしている事に気付く術もなかった。

結局1日目の時点で体感120点は確保できていると勝手に思い込み、合格を確信して浮かれていたので夕食は寿司を買って食べた。試験前日に生ものを食べるなど以ての外である。

相当疲れが溜まっているので軽くリスニングだけ聴いて早めに寝ようと思っていたところで、最大のミスを犯してしまう。2日目がまだ残っていまる状況で解答速報を見るのは一般的には禁忌だが、数学だけは自信があったので解答速報を見てしまい、前述した第2問のミスに気が付いてしまった。おまけに第3問(2)も領域の塗る範囲を間違えていたことが発覚した。結局1完2半。点数にして40点前後か。絶望した。文一の合格最低点が例年350点前後であり、共通テストで爆死したことを考えると明日の試験で最低でも160点は確保する必要がある。不可能な点数ではないが、一科目でも失敗は許されないのでやけにプレッシャーを感じた。色々と考え込んでしまいなかなか寝付けなかったが、辛うじて6時間は眠ることができた。

 

 

2日目

朝目が覚めると疲れが取れきれていないようでまたしても熱っぽい。体温を測ると36.4℃。でも、もうやるしかない。

 

 

世界史

第3問⇨第1問⇨第2問の順で解いた。一問一答だが、大韓民国臨時政府は普通に覚えていなかったので仕方ないが、ジャガイモ飢饉の漢字をど忘れしてしまったのと、(6)でナポレオン1世だと分かっていたのに何故かナポレオン3世と書いてしまった。合わせて6失点。余分に4点失ったのが痛すぎる。次に第1問。いわゆるピレンヌ=テーゼについての出題。ありきたりなテーマだったが、近年の東大の出題傾向に沿って教科書の後半部分を重点的に学習し、共通テスト後に前半部分にほとんど触れていなかった身にとってはなかなか辛い出題だった。8つある指定語句のうちまともに使えたのは4つだけだった。第2問はほぼ完答できた。

地理

第1問⇨第2問⇨第3問の順で解いた。第1問、第3問は概ね解けたが、第2問の設問B(1)の国名判定を誤ってしまい、後の設問と合わせて約10点分を飛ばしてしまった。痛すぎる。

試験後の体感では世界史が35点、地理40点前後。次の英語で少なくとも85点は確保しなければならなくなったが、模試や過去問でもこの点数を超えられたのは2度だけ。窮地に追い込まれた。英語の試験開始30分前頃、軽めの腹痛に襲われたのでトイレに向かったが馬鹿みたいに混んでいたので断念。仕方なくそのまま試験を受けた。

 

 

英語

1A⇨4B⇨2A⇨2B⇨3⇨5⇨1B⇨4Aの順で解いた。要約。10代の若者の気質の変化について70〜80字で要約する問題だったが、早とちりして問題文の「10代の若者の気質の変化について」の部分を見逃していた。論外。4Bは難なく回答できた。英作文は、2Aで書くことが思いつかず時間をかけすぎたが何とか解答できたが、次のリスニングで全てが終わった。11号館の大きめの教室(350人以上は入るらしい)で受験したのだが、死ぬほど音声が小さいのとイギリスアクセント(?)、おまけに隣に座っていた受験生の選択肢にチェックを付ける音に気を取られてしまい全く耳に入ってこなかった。焦り出すと止まらなくなり、段々意識が朦朧とし始めて頭の中が真っ白になり、震えてペンが握れなくなった(血管迷走神経反射)。失神寸前の状態からなんとか持ち堪えたものの、気付けば3A、3Bが既に終了していた。この瞬間、終わりを確信した。完全に戦意を喪失し、残った1Bと4Aは出鱈目にマークした。

 

 

試験終了後から合格発表までの間は本当に生きた心地がしなかった。ちなみに厳密な自己採点は合格発表後までしませんでした。

 

 

令和3年3月10日ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ合格者一覧の中に私の番号はありませんでした😔 正直、涙も出ませんでした。こうなることは分かっていたから。。。。

 

 

数日後に得点開示が返ってきました。

 

 

国語 

46/120  ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ

この数字を見た瞬間、もう言葉も出なくなった。ㅤㅤㅤㅤ46って、、、、、理系ですか?ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ悔しいとか以前に、採点ミスでもない限りこんな点数が取れるのかと。他の科目の点数とかもうどうでも良くなりました。

 

 

英語

68/120

体感60点前後だったので高めに出ました。ちなみに爆死したリスニングは12/30点でした。適当にマークした方がもっと取れたかもしれませんね。◯ね。

 

 

数学

42/80

世界史

38/60

地理

39/60

いずれも体感通り。

 

 

合計

326.5000/550

 

 

9点差落ちでした。ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ 何より国語で落ちたという事実が本当に屈辱的だった。別に他の科目が良かった訳でもないんだけれども。言い訳がましいがちゃんと睡眠取ってたら受かってたのか、なんて思ったりもする。色々と釈然としない。でもまあ、普通に考えて体調や学力のピークを如何に受験当日に持っていけるかが勝負なのにこんな無謀な計画で受かろうとしていたのが根本的に間違っていたのだろう。ろくに勉強もせず安易な考えで天下の東大に入ろうとした身分でコンディションとか問題との相性だとかあれこれ言う資格はない